こんにちは、M&Aアドバイザーの松金です。
M&A仲介会社などから買収案件を紹介されると、企業概要書に「希望譲渡価格1億円」「想定価格2億円」といった金額が記載されていることがあります。
そのとき、買い手経営者がまず気になるのは、「この価格は高いのか、安いのか」ということでしょう。
M&Aでは、時価純資産、利益やEBITDAを基準にしたマルチプル、DCF法など、企業価値を評価するためのさまざまな考え方があります。しかし、評価手法から算出された数字だけを見て、買収価格を決めることはできません。
「この会社にはどのくらいの価値があるのか」と「自社はいくらまでなら払えるのか」は、分けて考える必要があります。
現在の利益が買収後も続くのか、決算書だけでは見えにくい債務や事業上の問題を抱えていないか、買収後に設備投資や採用などの追加資金が必要ではないか。さらに、買収資金をどのように調達し、その投資をどのように回収するのかまで確認する必要があります。
こうした要素まで整理して初めて、買い手企業としての買収価格を考えることができます。
この記事では、M&Aで会社を買うときに、買収価格をどのように判断すればよいのかを、買い手企業の立場から解説します。
この記事でわかること
- M&Aの買収価格がどのように決まるのか
- 企業価値・事業価値・株式価値の違い
- 「企業価値」と「自社が払える価格」を分けて考える理由
- 買収価格を考えるときに確認したい利益・負債・キャッシュ
- 決算書だけでは見えないリスクの考え方
- 買収代金以外の追加投資や取引コスト
- 意向表明書(LOI)やDD後に価格・条件をどう見直すか
仲介会社などから案件を紹介された直後で、価格以外に何を確認すればよいか知りたい方は、
「M&A仲介会社から案件を紹介されたら?買い手経営者が最初に確認する10項目」
もあわせてご覧ください。
M&Aの買収価格はどのように決まるのか
M&Aの価格を考えるとき、最初に整理しておきたいのは、売り手が希望する価格、企業価値評価から導かれる金額、買い手が提示できる価格、最終的に合意する価格は、それぞれ別のものだということです。
売り手には、「少なくともこの程度の金額では譲渡したい」という希望があります。そこには、会社をここまで育ててきた思いや今後の生活設計、借入金・個人保証の整理など、さまざまな事情が反映されます。
一方、企業価値を検討する際には、対象会社の純資産、収益力、将来のキャッシュフロー、類似企業の評価水準などをもとに考えます。
そして買い手企業は、こうした評価だけでなく、買収後の収益力、事業リスク、追加投資、自社とのシナジー、資金調達、投資回収なども踏まえて、実際にいくらまで提示できるのかを検討します。
最終的な取引価格は、売り手と買い手双方の考えや、デューデリジェンス、取引条件の調整などを経て決まります。
そのため、評価によって一定の金額が算定されたとしても、それだけで「その価格で買うのが適正」と決まるわけではありません。
「企業価値」と「株式価値」は同じではない
M&Aの価格を考えるときは、「企業価値」「事業価値」「株式価値」といった言葉の違いにも注意が必要です。
実務上は「企業価値」という言葉が広い意味で使われることもありますが、株式譲渡の価格を検討するときには、少なくとも事業そのものの価値と、株主に帰属する株式価値を分けて考える必要があります。
例えば、EBITDAに一定のマルチプルを掛けて算定する金額は、一般に事業価値(EV)の目安として使われます。
株式価値を考える際には、そこから有利子負債等を差し引き、余剰現預金等を加味します。
単純化すると、
事業価値(EV)-有利子負債等+余剰現預金等 → 株式価値
という関係です。
ただし、現預金をすべてそのまま加えればよいわけではありません。対象会社が事業を継続するために必要な運転資金として残すべき現預金もあるため、実際には対象会社の状況に応じて調整します。
そのため、「企業価値は1億円です」と説明された場合でも、その1億円が何を指しているのかを確認することが重要です。
事業価値が1億円なのか、借入金や現預金を調整した後の株式価値が1億円なのかでは、買い手が株主に支払う金額の意味が変わります。
企業価値評価の主な考え方
企業価値評価には、いくつかの代表的な考え方があります。
横にスクロールできます。
| 主な考え方 | 主に見るもの | 買い手として確認したいこと |
|---|---|---|
| 時価純資産ベース | 資産・負債の実態 | 資産の時価、回収不能な債権、簿外債務などがないか |
| マルチプル | EBITDAや利益などの収益力 | 基準となる利益が正常か、倍率の前提が妥当か |
| DCF法 | 将来のキャッシュフロー | 事業計画や成長率などの前提に無理がないか |
中小企業のM&Aでは、時価純資産を土台に、対象会社の収益力などを加味して価格の目安を考える方法もよく用いられます。
一方で、EBITDAなどに一定の倍率を掛けるマルチプルや、将来生み出すキャッシュフローを現在価値に割り引くDCF法が使われることもあります。
ここで重要なのは、どの評価方法が一番優れているかということではありません。
企業価値評価は買収価格を考えるための重要な材料ではありますが、それだけで買い手企業の上限価格が決まるわけではないという点です。
また、評価方法が同じでも、その前提によって結果は変わります。利益をいくらと見るのか、将来どの程度成長すると想定するのか、どの負債を価格に反映するのかといった前提を確認する必要があります。
「企業価値」と「自社が払える価格」は違う
同じ会社であっても、買い手によって払える価格は変わります。
例えば、対象会社の商品を自社の販売網で販売することで売上を大きく伸ばせる会社と、そうしたシナジーがほとんど期待できない会社では、対象会社を買収する意味が異なります。
自社に十分な資金余力がある会社と、買収資金の大部分を借入に頼る会社とでも、同じ買収価格に対する負担は違います。
さらに、買収後に自社から経営人材を派遣できる会社と、新たに経営人材を採用しなければならない会社とでは、買収後に必要なコストも変わります。
つまり、対象会社には対象会社としての価値がある一方で、買い手企業ごとに「その会社を買うことで得られる価値」と「負担できる投資額」は異なるということです。
一方で、自社との組み合わせによって大きな価値を生み出せるからといって、期待するシナジーをすべて買収価格に上乗せしてしまうのも注意が必要です。
買収後に買い手自身が作り出す価値まで売り手に先払いしてしまえば、買い手側に十分な投資メリットが残らなくなる可能性があります。
「この会社はいくらの価値があるのか」と「この会社を自社が買う場合、いくらまでなら投資として許容できるのか」は別の問いです。
買収価格を判断するときは、この2つを混同しないことが重要です。
買収価格を見るときは利益の中身を確認する
買収価格を判断するとき、売上高だけを見ても十分ではありません。
重要なのは、その会社が継続的にどの程度の利益やキャッシュを生み出せるのかです。
ただし、決算書に記載されている利益をそのまま将来の利益として扱えばよいとも限りません。
決算書上の利益ではなく「正常な利益」を見る
例えば、オーナー経営者の役員報酬が一般的な水準より高い場合、その一部を調整すると、事業そのものの収益力は決算書上の利益より高いと考えられるケースがあります。
反対に、経営者や家族が十分な報酬を取らずに働いていたり、本来必要な人員を採用せずに少人数で業務を回していたりする会社では、買収後に人件費が増える可能性があります。
一時的な大口案件によって利益が増えている場合や、補助金などの一時的な収入が利益を押し上げている場合もあります。
本来必要な修繕や設備投資を先送りしているために、現在の利益が高く見えていることもあります。
そこで、買収価格を考える際には、決算書上の利益から一時的・特殊な要因を整理し、買収後も再現できる収益力がどの程度なのかを確認します。
企業価値評価で使われている利益が大きく見えていても、その利益が一過性の要因によるものであれば、買い手としてはそのまま評価に使うことはできません。
利益の「質」も確認する
利益の金額が同じでも、その中身によって買い手から見た価値は変わります。
例えば、営業利益が年間3,000万円ある会社でも、売上の半分を1社の顧客に依存していれば、その顧客との取引が終了したときの影響は非常に大きくなります。
売上の多くを売り手経営者本人の営業力や人脈によって獲得している場合には、経営者が退任した後も同じ売上を維持できるのかを確認する必要があります。
主要な技術者や営業担当者が退職すれば事業が回らなくなる会社もあります。
反対に、顧客基盤が分散しており、特定の個人に過度に依存せず、組織として営業や運営ができている会社であれば、利益の再現性は比較的高いと考えやすくなります。
そのため、単に「営業利益が3,000万円だから○倍」と計算するだけでは不十分です。
その3,000万円が、どの顧客、商品・サービス、人材、設備によって生み出されているのか。そして、その利益が買収後もどの程度残るのかまで確認する必要があります。
価格判断では、利益の「金額」と同時に、利益の「質」を見ることが重要です。
決算書だけでは見えない負債と事業の傷みも確認する
さらに注意したいのが、決算書を見ただけでは十分に把握できない問題です。
私がこれまで見てきた案件の中には、社会保険料や消費税の未納を抱えていた会社もありました。
また、未払残業代というレベルではなく、従業員への給与そのものの支払いが遅れているケースもありました。
こうした問題は、単に「未払いがいくらあるか」という財務上の問題だけではありません。
給与の支払いが遅れる状態が続けば、従業員の会社に対する信頼は低下し、モチベーションにも影響します。
その結果、買収後にキーマンや従業員が退職すれば、売上の減少や顧客対応の悪化、採用費の増加、残った従業員への負担増など、事業運営そのものに影響する可能性があります。
取引先への支払いにも遅れが生じているのであれば、仕入先や外注先との関係が悪化している可能性もあります。
例えば、1,000万円の未払いが見つかったからといって、「では買収価格を1,000万円下げればよい」と単純に考えられるとは限りません。
その未払いが単発的な資金繰りの問題なのか、恒常的に資金が不足しているのかでも意味が違います。
その問題が資金繰り、従業員、取引先、事業継続にどこまで波及しているのかまで確認しなければ、本当の買収リスクは分かりません。
買い手としては、未納税金や社会保険料、未払賃金などの潜在的な負担だけでなく、それによって事業そのものがどの程度傷んでいるのかまで含めて価格や条件を考える必要があります。
また、問題の内容によっては、価格を下げれば解決するのではなく、クロージング前に売り手側で解消してもらうことや、取引条件を見直すことが必要になります。
場合によっては「いくらなら買えるか」という価格の問題以前に、買収後に立て直せる事業なのか、その立て直しにどの程度の時間と資金が必要なのかを検討しなければなりません。
買収代金以外の資金とシナジーも価格判断に影響する
買収価格を考えるときは、売り手に支払う株式の取得代金だけを見ないことも重要です。
会社を取得した後に必要となる資金や、M&Aを実行するための費用まで含めて考える必要があります。
買収後の追加投資と取引コストを確認する
例えば、老朽化した設備を更新する必要があれば、買収後すぐに設備投資が必要になるかもしれません。
人手不足の会社であれば、採用費や人件費が増えます。システムが古ければ、新しいシステムへの移行費用が必要になることもあります。
資金繰りが厳しい会社を買収する場合には、買収直後から運転資金を追加で投入しなければならないケースもあります。
さらに、M&Aそのものにも費用がかかります。
M&A仲介会社やFAへの手数料、財務・税務・法務などのデューデリジェンス費用、弁護士などへの契約書作成・確認費用、取引形態によっては登記などの諸費用も発生します。
仲介会社やFAの手数料については、成功報酬にレーマン方式を採用している会社が多いものの、何を「基準となる価額」とするかによって報酬額が変わります。
また、最低手数料を設定している支援会社も多いため、特に比較的小規模なM&Aでは、買収価格に対して支援手数料の負担が相対的に大きくなることがあります。
中小企業庁「中小M&Aガイドライン」でも、手数料の算定方法や最低手数料などを確認することの重要性が示されています。
例えば、株式の取得価格が1億円でも、その後に運転資金、設備更新、専門家費用などが必要であれば、買い手が準備する資金は1億円だけではありません。
「会社をいくらで買えるのか」ではなく、「買収を実行し、その後の経営を安定させるまでに総額でいくら必要なのか」を見る必要があります。
株式取得価格だけに資金を使い切ってしまい、買収後の運転資金が不足するようでは、価格そのものが安くても良い買収とは言いにくくなります。
シナジーを買収価格にどこまで織り込むのか
M&Aでは、買収後のシナジーを理由に、対象会社単独で見た価値より高い価格を提示できることがあります。
例えば、自社の商品と対象会社の販売網を組み合わせることで売上を伸ばせる、対象会社の商品を既存顧客へ販売できる、重複する管理業務を統合することでコストを削減できる、といったケースです。
しかし、シナジーは将来の予想です。
計画どおりに実現するとは限りませんし、実現するまでに時間や追加費用がかかる場合もあります。
また、シナジーの中には、対象会社がもともと持っていた価値ではなく、買い手企業自身の販路、技術、顧客基盤、経営努力によって初めて生まれるものもあります。
そうしたシナジーをすべて買収価格に上乗せしてしまえば、シナジーが実現しても、その価値の多くを売り手に先払いしたことになり、買い手側に十分な投資メリットが残らない可能性があります。
さらに、買収後の組織統合や人材配置に想定以上の時間がかかり、当初計画していたシナジーの実現が遅れることも考えられます。
シナジーを価格に反映するのであれば、どのシナジーなら実現可能性が高いのか、いつから効果が出るのか、そのためにいくら追加費用が必要なのかまで確認しておく必要があります。
「いくらまでなら払えるか」を買い手側で決める
企業価値評価や対象会社のリスクを確認したら、次に買い手企業として「いくらまでなら払えるのか」を整理します。
ここでは対象会社の収益力だけでなく、自社の資金余力、借入額、返済負担、買収後のキャッシュフロー、必要な追加投資などを合わせて考えます。
利益が出ている会社を買う場合でも、その利益をすべて借入返済や投資回収に使えるわけではありません。
税金、設備投資、運転資金、人員増強などが必要であれば、実際に返済や投資回収に回せるキャッシュは小さくなります。
また、買収資金の返済負担が大きすぎれば、対象会社だけでなく買い手企業本体の資金繰りにも影響します。
対象会社の業績が計画を下回った場合でも返済を継続できるのか、追加資金が必要になった場合に対応できるのかといった点も確認しておきたいところです。
買収価格はレンジで整理する
買収価格について、「適正価格はいくらですか」と聞かれることがあります。
しかし、M&Aでは適正価格が一つの数字に決まるとは限りません。
買い手側では、例えば、
- この価格なら積極的に検討できる
- この価格までなら条件次第で許容できる
- この価格を超えるのであれば見送る
というように、価格を一つの数字に決め打ちするのではなく、レンジで整理しておくと判断しやすくなります。
同じ金額でも、売り手経営者が十分な引継ぎを行うのか、追加投資がどの程度必要なのか、DDでどのようなリスクが見つかったのかによって、許容できる価格は変わります。
そのため、「○円が絶対的な適正価格」と考えるより、前提条件と合わせて価格レンジを持っておく方が判断しやすくなります。
上限価格を決めておく
価格レンジを考えるうえで、特に大切なのが「ここを超えたら買わない」という上限価格です。
競争入札になったり、仲介会社から他の買い手候補の存在を伝えられたりすると、当初想定していた価格より高く提示したくなることがあります。
しかし、価格を引き上げれば、その分だけ買い手側の投資採算は悪くなります。
また、中小企業M&Aでは、売り手が価格だけで買い手を選ぶとは限りません。従業員の雇用、買収後の経営方針、買い手経営者との相性などが重視されることもあります。
売り手経営者が何を重視しているのかは、トップ面談での対話から見えてくることもあります。価格だけで競うのではなく、売り手が大切にしてきたものや買収後への希望を把握することも重要です。
他の買い手が高い価格を提示しているからといって、自社の上限を超えて追随する必要があるとは限りません。
なぜその価格までなら払えるのか、なぜそれ以上は払わないのかを自社で説明できる状態にしておくことが重要です。
上限価格があれば、交渉中に状況が変わっても、感覚や勢いだけで価格を引き上げるのではなく、自社の判断基準に戻って検討できます。
意向表明書(LOI)からDD後まで価格はどう変わるのか
M&Aの価格は、案件の最初から最後まで同じ数字で固定されているとは限りません。
初期検討、意向表明書(LOI)、デューデリジェンス、最終契約と検討が進むにつれて情報が増え、価格や条件を見直すことがあります。
意向表明書(LOI)の価格は最終価格とは限らない
M&Aでは、買い手が意向表明書(LOI)を提出する段階で、買収希望価格や主要な条件を示すことがあります。
この時点では、まだ開示されている資料が限られており、通常は本格的なデューデリジェンスを行う前なので、提示価格は一定の前提に基づいたものになります。
例えば、「正常な収益力がこの程度あること」「主要顧客との取引が継続すること」「重大な簿外債務がないこと」「主要な従業員が継続勤務すること」といった前提です。
その後の確認によってこうした前提が大きく変われば、価格や条件を改めて検討する必要が出てきます。
もちろん、LOIで示した価格を簡単に変更してよいという意味ではありません。
売り手は買い手から示された条件を見て、他の候補ではなくその買い手との交渉を進めることがあります。価格を見直すのであれば、なぜ変更が必要なのかを説明できる根拠が必要です。
LOIの段階で重要なのは、金額だけでなく「どのような前提に基づいてその価格を提示しているのか」を整理しておくことです。
なお、意向表明書の各条項に法的拘束力があるかどうかは文書の内容によって異なるため、実際のLOIでは価格だけでなく各条項の内容も確認する必要があります。
意向表明書を提出する目的、価格以外に検討する条件、独占交渉や提出後の注意点については、
「M&Aの意向表明書(LOI)とは?買い手が決める条件と注意点」
で詳しく解説しています。
デューデリジェンスで価格・条件を見直す
意向表明書(LOI)の提出後などに行うデューデリジェンスでは、初期検討の段階では分からなかった問題が見つかることがあります。
例えば、回収可能性の低い売掛金、実際には価値の低い在庫、未払賃金、税務上の問題、社会保険料の未納、設備更新の必要性、主要顧客の離脱リスクなどです。
財務・税務だけでなく、法務、人事労務、ビジネス面を確認した結果、当初想定していた利益が買収後も続く可能性が低いと分かる場合もあります。
こうした問題が見つかったとき、単純に「その金額分だけ買収価格を下げる」ことだけが選択肢ではありません。
問題の内容によっては、売り手にクロージングまでに対応してもらう、取引条件に反映する、表明保証や補償の対象を検討する、買収後の計画を修正するといった対応も考えられます。
例えば、滞納している税金や社会保険料を売り手側でクロージング前に解消できるのであれば、買い手が負担するリスクは変わります。
一方、主要顧客との関係が売り手経営者個人に大きく依存していると分かれば、単純な価格調整だけではなく、売り手経営者の引継ぎ期間なども含めて考える必要があります。
DDで判明した事実によって将来の利益見通しそのものが変われば、企業価値評価の前提から見直す必要があります。
デューデリジェンスは問題を見つけるだけではなく、見つかった問題を価格・取引条件・買収後の対応にどう反映するかを検討するためのものでもあります。
同じ買収価格でも取引条件によって意味が変わる
買収価格を判断するときは、金額だけでなく取引条件も一緒に見る必要があります。
例えば、同じ1億円の買収価格でも、売り手経営者が一定期間残って十分な引継ぎを行うケースと、クロージング直後に退任するケースでは、買い手が負うリスクが異なります。
一定の業績を達成した場合に追加対価を支払うアーンアウトを設定することもあります。
将来業績に不確実性がある案件では、一部の対価を将来の実績と連動させることで、売り手と買い手の価格認識の差を調整できる場合があります。
また、特定の問題が発生した場合の補償、表明保証、クロージングまでに売り手が対応すべき事項などによっても、買い手が負担するリスクは変わります。
買収代金の一部を役員退職金など別の形で支払う案件では、株式譲渡価格だけを見ても買い手側の総負担は分かりません。
そのため、単に「1億円だから高い」「8,000万円だから安い」と考えるのではなく、価格と取引条件をセットで判断することが重要です。
仲介会社から提示された価格をどう見るか
M&A仲介会社から紹介された案件には、売り手の希望価格や想定譲渡価格が示されていることがあります。
その価格自体を否定する必要はありません。売り手の希望や企業価値評価など、何らかの考え方をもとに設定されていることが多いからです。
ただし、買い手企業としては、その数字をそのまま「適正価格」と考えるのではなく、なぜその価格になっているのかを確認する必要があります。
価格を見るときに確認したいポイント
- どの利益や収益指標を基準にしているのか
- 一時的な利益や費用はどのように扱っているのか
- 事業価値と株式価値のどちらを示しているのか
- 有利子負債や現預金をどのように調整しているのか
- 簿外債務や潜在的な負担はないか
- 買収後に必要な設備投資や運転資金はどの程度か
- 主要顧客や売り手経営者への依存度はどの程度か
- シナジーをどこまで価格に織り込んでいるのか
例えば、「EBITDAの○倍」という説明であれば、そもそもそのEBITDAがどのように計算されているのかを確認します。
「純資産+のれん」という考え方であれば、資産・負債が実態に合っているのか、のれんの根拠となる収益力が買収後も続くのかを確認します。
仲介会社から提示された価格は、買い手にとっての結論ではなく、価格検討の出発点と考えるとよいでしょう。
価格の根拠を確認し、その前提を自社でも検証したうえで、自社として提示できる価格を考えていきます。
買い手FAは買収価格の判断材料をどう整理するのか
買い手FAの役割は、単に企業価値を計算して「この会社は○億円です」と伝えることではありません。
対象会社の正常な収益力、財務内容、事業上のリスク、デューデリジェンスの結果、買収後に必要な追加投資、資金調達、シナジーなどを整理し、「この価格・条件で買収を進めることが、自社にとって投資として妥当なのか」を買い手企業が判断できるよう、必要な材料を整えることが重要です。
例えば、企業価値評価では一定の金額が出ていても、DDで大きな設備投資が必要だと分かれば、買い手の総投資額は増えます。
正常収益力を検討した結果、決算書上の利益より買収後に残る利益が小さいと考えられれば、価格を考える前提も変わります。
社会保険料や税金の未納、給与遅延などが見つかれば、その金額だけでなく、従業員や取引先との関係、買収後の立て直しに必要な期間や資金も検討材料になります。
重要なのは、個々の情報をバラバラに見るのではなく、それぞれの情報が買収価格や条件、投資回収、買収後の経営にどう影響するのかをつなげて考えることです。
そのうえで、「この価格なら進められる」「価格を見直す必要がある」「価格ではなく契約条件でリスクを抑える」「この条件では見送る」といった選択肢を整理し、買い手側の意思決定を支援します。
買収価格の検討で重要なのは、精緻な計算式そのものよりも、経営者がなぜその価格で買うのか、なぜその価格を超えないのかを説明できる状態にすることだと考えています。
M&A仲介会社と買い手FAでは、誰の立場で価格や条件を検討するのかが異なります。詳しくは、「M&A仲介会社と買い手FAの違い|会社買収での役割と使い分け」をご覧ください。
まとめ|「会社の価値」と「自社の上限価格」を分けて考える
M&Aの買収価格には、誰にとっても共通する一つの正解があるわけではありません。
企業価値評価は重要な判断材料ですが、それだけで買収価格を決めることはできません。
現在の利益が買収後も続くのか、見えていない債務や事業上の問題がないか、買収後にどの程度の追加資金が必要になるのかを確認する必要があります。さらに、シナジーの実現可能性や取引コスト、借入を含めた投資回収まで考えたうえで、自社としての価格レンジや上限価格を整理します。
特に重要なのは、「会社としてどのくらいの価値があるのか」と「自社がいくらまで払えるのか」を混同しないことです。
条件が合わなければ、価格を調整することも、取引条件を見直すこともできます。
それでも買収後まで含めて納得できる投資にならなければ、見送ることも必要です。
買収価格は、会社を単に「安く買う」ために検討するものではありません。
買収後も含めて、自社にとって納得できる投資なのかを判断するために検討するものです。
買収価格・会社買収を買い手側の立場から支援します
弊社では、専任のM&A担当者を置いていない中小・中堅企業を中心に、買い手企業の立場から会社買収を支援しています。
仲介会社からすでに案件を紹介され、希望価格や想定譲渡価格が提示されている段階でもご相談いただけます。
企業価値評価だけでなく、対象会社の収益力やリスク、デューデリジェンスの結果、買収後の追加投資や資金調達などを整理し、買収価格や条件を判断するために必要な検討をサポートします。
※本記事は一般的なM&Aの買収価格・企業価値評価について解説したものです。実際の企業価値、株式価値、買収価格、契約条件などは、対象会社の状況や取引条件によって異なります。個別案件では、必要に応じて公認会計士・税理士・弁護士などの専門家にも確認してください。
